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webadm | 投稿日時: 2010-1-1 20:59 |
Webmaster 登録日: 2004-11-7 居住地: 投稿: 3068 |
【1】複素周波数の意味 最初の問題が一番難しいかもしれない。というのも今日出版されているほとんどの参考書がsで表記される複素周波数を脈略もなく登場させている。その意味の理解と説明はラプラス変換でということらしいが、ラプラス変換の参考書もページ数をそんなことに費やしたくないので説明を割愛するものが多いためだ。
複素周波数の由来や概念についてページ数を割いているのは複素周波数を使っていくつかの領域の理論が再構成された第二次世界大戦の時期である。この頃に執筆された参考書にはそれが書かれている。インターネットで検索してもさすがにそんな古い情報は載っていないので見つかることは出来ないだろう。 これまで交流回路理論で交流信号を表すのにフェーザー法やベクトル記号法、指数表記など学んで来たが、この期に及んで更に複素周波数というのを詰め込まれると電気工学の大系はどうなっているのだという疑問が生じる。およそ電気工学といっても歴史的には様々の領域が時間順序の関係なく研究し発展してきたものが近代になって様々な大学や学会組織によって再構成されたものに過ぎないので最初から順序だてて開発されたものではないことと追認識すべきである。 任意の回路網の解析をする上で歴史的に最初に挑まなければならなかった問題は物理学と同様に微分方程式の解法であった。これについては以前に簡単な低次の線形微分方程式の解法については学んだが任意の回路網になると高次の微分方程式を解く必要が生じる。高次の微分方程式を解くために今日教えられているLaplace変換は複素周波数(s)を変数とする周波数領域の関数と時間(t)を変数とする時間領域の関数が複素積分によって一対一に変換できるという数学的に裏付けられた性質を有する。 一方既に複素周波数ありきで一端子対回路の駆動点インピーダンスが複素周波数を変数とする有理形関数で表されることを学んだ。LC一端子対回路では一対以上の複素共役根から成る零点もしくは極を持ち、RL及びRC回路では負の実数のみ零点もしくは極を持つことを学んだ。これの意味を理解することは突き詰めると複素周波数の意味を理解することと同意である。 数学的には複素周波数は複素数に過ぎず今日では統一して以下の様に表される これは数学的な意味では複素数以上でも以下でもない。自明なので議論の必要がないが、物理的にどういう意味があるかという点は数学者には無関係なので工学者が独自に解釈をする必要がある。 複素周波数が回路解析に用いられるようになった歴史的な経緯を追体験してみよう。 時代は電信技術が発明されて大陸間を海底ケーブルで結んだ頃にさかのぼる。大陸間という長距離のケーブルでは送信端で直流電流を断続させても受信端負荷に流れる電流は直流とならず波の様にうねってあげくの果て波打った電流が流れる始末(交流成分が生じる)。その理由は長らく謎だった。海底ケーブル開発に関わった権威者であるW. Thomson(Kelvin卿)はその使えない理由を自らの得意とする熱拡方程式を適用し、ケーブルが微少な導体の抵抗Rと絶縁体のキャパシタンスCの分布定数回路であるとしてこじつけた。この発案は画期的だが電流が波打つことを説明することができないものの権威者にケチは付けられないのでまことしやかに海底ケーブルは技術的に失敗だという理由になりかけていた。Maxwellの大著に出会って電信技師の仕事を辞め実家に引き籠もって研究していた26歳無職のHeavisideが立て続けに出した3つの論文はThomsonのRC分布定数回路に着想を得てインダクタンスを含めたRLC分布定数回路に拡張し独自の微分方程式解法である演算子法と展開定理を用いて見事に現象を説明するものだった。 実は複素周波数は以前に交流回路でやった微分方程式を解く際に現れるのだが、交流回路理論では与えられた微分方程式を満たす定常状態(steady state)の解のみに着目しそれ以外の解の存在については関心を払わなかったことを思い出して欲しい。 Heavisideが電信方程式に関する3つの論文を発表する前に最初に簡単なホイットストーンブリッジ回路に関する論文を出している。その論文はJ. C. Maxwellの目にとまり論文の要旨をメモしたものが彼の没後に発見された。 Heavisideは予めMaxwellやThomsonが発表していたRLC回路の微分方程式による解析に関する論文を見ていたので、長年現場で慣れ親しんで来た通信ケーブルの時間領域の応答の問題に適用する絶好の機会だった。Heavisideの3つの論文は伝送路の応答解析に今日Heavisid関数と呼ばれるステップ入力関数を使用する。これは電信キーをOFFからONにするという電信技師なら誰でも知っている電信ケーブルに当たり前に発生する条件である。Heavisideは一人その当たり前だが誰もが解析できなかったその問題に取り組んだ。しかし今日では単位ステップ入力関数はデルタ関数の積分関数として表されるが、当時はやっとFourier級数が知られていた程度で彼の論文もその根拠を与えるために級数が多用され表現が難解なものとなったのは致し方無い。今日我々はHeavisideの基本的なアイデアを現代的に再構成した形で教えられている。上巻の最後でFourier級数を学んだが単位ステップ入力関数をFourier解析したらどうなるか考えればHeavisideの苦労の一端が判るかもしれない。 Heavisideの難解な表現ではなく、現代的に再構成したやり方で複素周波数のルーツを確認してみよう。 電信技師達の誰もが知っていながら誰も解こうとしなかった電信ケーブルの信号が波打つ挙動がケーブルに一様に分布するインダクタンスによるものだということを示すためにHeavisideは以下のような回路モデルを使用した。 Heavisideは電信ケーブルの受信端を短絡し送信端に電池を接続して流れる電流が安定する定常状態になるのを待って、スイッチを電源から切り離し送信端を電流計に切り替えた場合に放電電流が時間とともにどのように変化するかi(t)の解を求めることから始めている。これは今まで学んだ一端子対回路そのものであることに注目しよう。最初に放電しきった状態の伝送路に電圧を加える今日教えられるのとは違っているので奇異に思うかもしれない。Heavisideは数学的に解析が易しい放電時のケースから始め、次ぎに充電時のケースを解いている。個人的には今日的な教え方よりもHeavisideがやった順番の方が回路網解析の深い理解につながるような気がするので取り上げた次第である。後に過渡応答解析を学ぶことになるが、今日的に再構成されてスマートになりすぎていて回路網理論の核心の理解から返って遠ざけているように思える。 電信方程式のモデルによる解析は後の分布定数回路に譲るとして、ここでは最も簡単な一端子対回路を用いてHeavisideの研究を追体験してみよう。 伝送路が単純なRL直列回路とみなして受信端を短絡し送信端に最初スイッチを1(電圧V)側に倒しておいて、t=0の時点でスイッチを2へ切り替えたら回路を駆動点に流れる電流iはどうなるか? t=0の時点で駆動点の電圧は0なのでキルヒホッフの法則で以下の回路方程式が成り立つはずである。 これは数学で言うところの一次の齋次線形微分方程式(homogeneous first-order differential equation)である。これは比較的容易に解を求めることができるのでHeavisideもそうしたのだろう。当時のやり方で解いてみよう。 L,Rは正の実定数で変数を分離して扱えるものとみなせば上の式は以下の様に変形することができる 両辺を積分すると lnは自然対数であり、右辺も同様に自然対数で表すと ここで対数の性質 を利用して右辺を書き換えると 対数表記を逆変換すると ということになる。 ここでkはt=0の初期条件から と求めることができる。従って最終的な解は ということになる。 Heavisideは次ぎにスイッチを2から1に切り替えることによってステップ入力時の応答を解析した。 このケースでも同様にキルヒホッフの法則によって以下の回路方程式が成り立つ これは両辺をLで割ると以下のような非齋次微分方程式として表すことができる これを当時解くのは大変だったに違いない。P=R/L,Q=V/Lと置き換えると ここでは当面齋次方程式ということで右辺のQはtの関数であるということにしよう。回路ではVとLは定数だが、Vを関数v(t)と見なせばQがtの関数であるということになる。 放電の時のケースとは逆に両辺にe^Ptを乗じる よく見ると左辺は以下の微分の公式を使って書き換えることができるのがわかる f(x)=i,g(x)=e^Ptと置き換えれば であるので先の齋次微分方程式は そこで両辺をtで積分すると 従って一般解は両辺をe^Ptで割ると 従ってPとQをそれぞれ元に戻すと ということになる。右辺の第一項の積分を求めると 積分係数Kはt=0の時の初期条件i(0)=0より ということになり整理すると ということになる。よく見ると電流の描くカーブは放電の時と向きが正反対であることがわかる。 Heavisideはこうしたスイッチの切り替えに応じた入力信号を関数で表すために論文でFourier級数と線形回路の重ね合わせを利用したため当時一般には理解しがたい程難読なものとなってしまった。19世紀は解析学が数学の最先端だった時期でもあり、当時の学者でも今のように解析学を熟知している人は少なかった。Einsteinが一般相対性理論を発表した時にRiemann幾何学を知る人が少なかったため論文を理解できる人は世界に数える程しか居ないと言われたのと同じである。Heavisideは論文を平易に書き直してくれという周囲の要望にまったく応えることをしなかったため偉業が非難の嵐の中に生涯埋もれる結果となったのは不幸なことである。 それではVがtの関数である場合に、上巻で既に学んだFourier級数と線形回路の重ね合わせの理を使って考えてみよう。 しかしいざやってみようとすると想像以上に困難を伴うことが判明する。誰も必要としていないのにHeavisideは一人この困難な問題に立ち向かったのは何故なのだろうか、なんらかの情念としか言いようがない。そう思うと益々追求してみたくなる。 19世紀末にはまだ一般的な齋次微分方程式の解法が知られていなかったので独学ではかなりの苦労があったと想像される。今日我々は一次の齋次微分方程式については以下の公式の存在を知っているのでそれを使うことにしよう。 RL一端子対回路のステップ入力に関する微分方程式を今日の単位ステップ関数u(t)を使用して表すと 公式を適用して解くと 同様にt=0の初期条件i(0)=0より定数Cは 従って前に求めたやり方と同じ解が得られる なんだか寄り道をしてしまった感があるが、今度はキャパシタンスを追加した回路を解析してみよう。 いきなり解析が難しくなった感がある。とりあえずキルヒホッフの法則により微分方程式を立てると どうやって解くんだこれ。 第一式をtで二回微分してd^2i/dt^2について解くと 第二式をdi1/dtについて解くと これを前の式に代入すると これを整理すると これは二階の非齋次線形微分方程式である。Heavisideが実際に解析を挑んだのはこれの有限ラダー回路(分布定数回路)でしかも電流が位置と時間の二変数関数であるので更に高次の偏微分方程式となり解を求めるのは複雑極まりないことから、高次の微分方程式を簡単に解く方法を見いださなければならない必然性があった。そこに演算子法と展開定理を生み出した背景があるのは疑いない。 二階の非齋次線形微分方程式の解は、特殊解と右辺を0とした非齋次微分方程式の一般解からなる。定常解はt=∞で収束するi=V/Rで 過渡解は右辺を0とした時の特性方程式の根 によって決まり、特性方程式が二次の方程式のため根は2つの実数か2つの共役複素数のいずれかとなる。根が実数根になるのは の場合であり、そうでなければ根は複素数となる。根が複素数の場合 K1,K2は境界条件t=0とt=∞でそれぞれi=0,i=V/Rであることから 従って解は これをV=1,R=1,C=1uF,L=100nHと置いてプロットしてみると wxplot2d([1-%e^(-500000*t)*cos(500000*sqrt(39)*t)], [t,0,0.00001])$ 立ち上がり直後に定常電流を超える電流が流れることがわかる。 Heavisideは論文でこのピーク電流の値を得る式を示しているが、分布定数回路のそれは複雑で論文の読者をうんざりさせたことは想像に難くない。それが元で以来「数学の化け物」と呼ばれた。 話をもとに戻すと振動の周期は約2usec程度。同じ定数で回路シュミレーターでも見てみよう。 回路シミュレーターの癖で立ち上がり部分がちょっと不連続になっているが振動周期は約2usecと同じで傾向は一致しているので合っているだろう。 ということになる。ここで虚数部が消失する境界条件を満たす抵抗Rの値をRcrとすると ということになる。Rcrは抵抗値なので正の値のみをとる。 同様にRの値にこの条件を満たす値を設定してプロットし直してみよう。 wxplot2d([6.25-%e^(-3125000.0*t)*cos(484122.9182759271*t)], [t,0,10^-5])$ 今度はかなりダンピングがかかって振動は消失しているのがわかる。plotにバグがあってきっちり0.158Ωを指定してプロットするとカーブが現れないので仕方なく0.16Ωを指定している。同様に回路シミュレーターでやってみると 回路シミュレーターだと相変わらず立ち上がり直後に不連続点が現れるが傾向は合っている。 ここでRとRcrの比を新たにダンピング比ζとして定義すると 更に非ダンピング角周波数ωnを以下の様に定義すると 先の二階微分方程式の係数はそれぞれ以下の様に書き換えることができる 特性方程式とその根は 従って根は以下の3ケースに分かれる ケース1:ζ>1の時、根は実数(過減衰:over damping) ケース2:ζ=1の時、根は実数で重根 (臨界減衰: critical damping) ケース3:ζ<1の時、根は複素数で共役対 (振動減衰:under damping) ζは0から∞までの値を取り得る。 ケース1:ζ>1の場合の一般解は 定数K1,K2,K3,K4はt=0とt=∞の境界条件i(0)=0,i(∞)=V/Rによって 従って ということになる。 ケース2:ζ=1の場合の一般解はケース1の解にζ=1を代入すれば良いので ということになる。 ケース3:ζ<1の場合、ζ^2-1は負の値を取るので ということになる。 ここまで来れば賢明な読者には明白であろう。 と定義すればすべてのケースの一般解はすべて以下の式で共通に表すことができる。 なんだそういうことだったのか(´∀` ) この回路を一端子対回路で学んだ駆動点インピーダンス式で表すと ということになる。この回路はs^2=-ωn^2に極を持ち、s=-ζωn±jωn√1-ζ^2に零点を持つことがわかる。零点は複素平面の左半分上に、極は虚軸上のみに存在する。過渡応答解析からそれらの物理的な意味を知ることができる。数学の複素解析が物理的意味を持った瞬間である。 これで良く意味が判らなかったRL一端子対回路やRC一端子対回路の零点の意味がわかった。今まで長いこと定常解だけを扱ってきたので過渡解のことはすっかり考えも及ばなかったわけである。複素周波数を用いるとそのどちらも包含して扱うことができるというわけである。 一端子対回路が授業では割愛される傾向があるのは、最初の複素周波数の概念を理解するのに別の講義で教える予定の過渡応答解析の話を持ち出さなければならないので一時限の時間内では説明しきれないのと、複素解析の前提知識を要するので受講生がついていけないからかもしれない。時限数が限られた学校の授業ではなく独学であれば過渡応答解析も回路網理論も一緒につなげて学ぶことができる。本来はそうあるべきなのだが。そういう意味では現代人よりも19世紀の頃の方が沢山の時間があったのかもしれない。便利になってお金があっても時間が少なくなっているのは皮肉だ。 19世紀に誰もやらない分布定数回路の過渡応答解析に独学で挑戦したHeavisideには頭が下がる。Heavisideは電気理論に複素数を使うことを推奨していたので、それを歴史的に成し遂げたSteinmetzを称賛した。逆にHeavisideを称賛する学者も少なからず同時代に居たらしく、中でも分布定数回路の過渡応答解析を機械的に行う装置を開発したKarapetoffというコーネル大学のが居て、その装置はHeavisideの名前を勝手にとって"Heavisidion"と名付けた。彼は今回参考にしたM. E. Van Valkenburgの"Network Analysis"に伝えられるような"practical man"としてHeavisideを称賛した張本人である。また折に触れてHeavisideのエピソードを紹介しようと思う。 (終わり) |
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