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投稿者 スレッド
webadm
投稿日時: 2017-8-13 2:11
Webmaster
登録日: 2004-11-7
居住地:
投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、一ヶ月のご無沙汰でちゅ(´Д`;)

前回「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3に取り組む予定までは書いたよね。

ステップ2が4ヶ月もかかっても満足のいかない仕上がりにしかなってなかったことを反省して、練習方法というか譜読み段階の取り組み方を以前紹介した「現代ピアノ演奏法」ライマー=ギーゼキングの方法を取り入れみることにしました。

以前は譜読みはまず片手で弾いてみて耳で聞いて曲を覚え、難所を見いだすという耳コピー主導型でした。

耳コピー主導の問題点は、なんといっても「譜面を良く読まなくなる」という点につきます。

中の人は耳コピーに慣れているので、一回弾いただけで覚えてしまいます。間違って弾いてもそれを正誤の区別無しに覚えてしまうので、後で弾き間違いを無くすのに大変時間を要します。

なにせ中の人は宴会の後のカラオケのために以前歌ったのと同じ曲を歌いたくないので、Youtubeで新しい曲を覚える時も1回か難しい曲でも2、3回聞けば覚えて歌えてしまうので困ったものです。

なので今回は中の人に黙ってもらうように、下記の新しい譜読みのルールを徹底しました。

・譜面だけ読んで頭の中で旋律が奏でられるようになるまで絶対に鍵盤で弾かないこと
・インターバルが3度以上あるパッセージの部分を洗い出して譜面にマークする(間違えやすいところ)
・ポジション移動が伴うところではポジション移動インターベルを計算して予め譜面にマークする(そのつどいくつ移動するか考える必要が無いように)
・転調のある中間部とかにはその旨マークを記入

これだけやれば、実際に鍵盤で弾いて確認しなくても運指の勘所とかは予めわかりますので、あとは頭の中でシミュレーションするだけ。

やってみて気づいたのが、下記の点

・最初の頃は頭の中で(実際に声には出さない)階名で旋律を歌おうとすると、ピッチがあやふやで、所謂音痴体験をしたような気分になる
・中の人に旋律を耳から入れないように、ピッチに不安がある場合には、鍵盤で出だしの一音か、その調の基音だけを弾いて音取りすることだけは許容する必要があった(そのうち慣れるとすぐその必要もなくなりました)
・階名で頭の中で旋律を歌う場合に固定ドよりも、移動ドの方がしっくりくるのに気づいた(移動ドはその調の基音をドとして歌うのに対して、固定ドは所謂中央のドにドのピッチを固定する方法)
・頭の中で間違えずに歌えるようになってから、鍵盤で弾くとほとんど間違えない(最初ゆっくり弾いた場合9
・以降通しで弾いても、間違えることが極めて少ない(運指が難しいところとかではうっかり間違えるけど、頭の中では正しく歌っているので、気づかない)、中の人は以前のように駄目出しをしない(演奏が途中で止まったり、やり直そうとしたりしない)、本当に最後まで弾いたのか記憶が残らない(何をどう弾いていたのか覚えていない)

という驚愕の結果でした。

今までだと通しで弾いて仕上がりが近いなと感じるのに2〜3ヶ月かかったのですが、今回は1ヶ月で間違えることも少なく仕上がりが早いという結果になりました。

よく考えれば、耳から音楽を聴くという年月が長かったので、聞いた曲は細部まで頭の中で再プレイできるものの、それを演奏できるわけではありませんでした。それはあくまで、鑑賞するための耳の記憶でしかなかったわけです。

小さい頃から神童と呼ばれる人たちは、子供の頃に皆そうだったように、大人の会話を聞いて、意味も知らないのに、悪い言葉を的確に次の日から使いこなすようになるのと一緒で、耳で聞いたのを、そのまま指で鍵盤で再現できるのだと思います。

外国語を学ぶ時も、辞書とか本とかいくら読んでも上達しないけど、実際の会話を聞くと、知らない言葉の使い方やニュアンス、イントネーションを瞬時に体験するので、それを自分で使う機会が訪れた時にそれをすかさず再現すると確実に上達するので、英会話教室が無くならない理由はそこにあります。

なので、新しい練習曲に取り組み際には、誰かの模範演奏を聞いて覚えるというのは効率が良いようで、初心者はプレイヤー耳を持っていない限り、リスナー耳でしかないので効率が悪い。また聞いた時のインパクトが強く記憶に残るので、最初に聞いた演奏のニュアンスに染まってしまうという危険が潜んでいます。

ちょうど短編小説あるいは小節を読んで、想像力を最大限に働かせて場面をイメージするように、譜面を読んで自分の中でベストな演奏を想像して、曲想を掴んだ上で、第三者の演奏をその比較のために聞くのは良いと思います(ショックも大きいですが)。

今回は譜読みだけで暗譜というまでは課せませんでしたが、間違えずに最初から最後まで頭の中で奏でられるようになるまでは、絶対に弾かないという鉄則を徹底したことで最初譜読みに時間を要しましたが、毎日間違った演奏を繰り返すという愚を無くすことができました。

最初は詳しい譜読みに時間が必要でしたが、やることが決まっているので、慣れてくれば通しでゆっくり弾くぐらいの時間で譜読みが出来るようになりました。

譜読みの段階で解ることが以前に増して増えたというのも実感します。

ステップ3は、ステップ2の時より曲数が少ないのですが、1分前後の演奏時間の曲も増えたので、課題曲を合わせて総演奏時間は10分程度と短くなっています。

なので毎日の練習時間30分は、日課の「Pianoprima Excercise」の0、1を5分、「大人のための独習バイエル(下)」のステップ2の全曲メドレー13分、ステップ3の全曲メドレー12分という構成にしています。ステップ2は譜読みが甘かったので未だに満足いかない状態です。やっぱり最初の譜読みが肝心だよね。

さてステップ3の全曲の独自アナリーゼと感想は仕上がった時の次の機会にして、それまで読んだ本の紹介をしたいと思います。

最初に紹介するのが、以前も度々登場した青柳いづみこ著の「我が偏愛のピアニスト」。



著者が偏愛するピアニストって、どんな変な人たちなんだろうと、勝手に想像して最初に読み始めたのですが、蓋を開けてみれば、前書きにもあるように、著者が学生時代から一期一会で知り合った知る人ぞ知る名ピアニストの方々と後年の雑誌企画でのインタビューに基づいた連載記事を一冊にまとめたものという感じでした。

昔からプロのピアニストはあまた沢山居るので、ピアニストという名称でひとくくりにしてしまうと実際に演奏を自分の耳で長い間聞かないと外見でしか区別がつかないというのが事実。

やはりピアニストであり文筆家でもある著者の本領を発揮して、文章だけでその人のピアニストとしての個性や特徴を最大限に紹介しています。

しかしそれはやはり文章で音楽を表すのには限界があるので、この本を読んで、紹介されているピアニストの演奏を一度聴いてみようとなるのには十分すぎる内容だと思います。

次に紹介するのも「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ著



ゴルトベルクというと言わずと知れた、大バッファの「ゴルトベルク変奏曲」のこと、では六本指とは?

本書のタイトルの元ネタは、映画で有名になった、「羊たちの沈黙」とその続編「ハンニバル」、トマス・ハリス著、に登場するレクター博士が六本指で、バッファのゴルトベルク協奏曲のアリアを幻聴する小説内のエピソード。

日本の女性ピアニストは小さい頃にピアノの練習をしながらミステリー小説やサスペンス小説を読むという離れ業をしていた人が多い気がする。今まで紹介した本でも、角聖子、青柳いづみこ、どちらも著書に子供の頃に練習曲を弾きながら譜面台には好きな小説を開いて読んでいたという体験を書いている。

もしくはそのお二人だけ例外だったのか?

他のピアニストでも居そうな気はする。

この本は著者がそうして子供の頃から夢中になっていたジャンルの小説でひときわピアノと関係の深いものをピックアップして、一挙に紹介しているもの。

へえ、こんなにピアノに濃い小説家が沢山いたのね、というのが正直が感想。それにしても、どんだけ読んでいるのかと。長い読書生活のたまものですね、それと文筆家ならではの視点というか目の付け所が違う、ピアノの話題が出てきても、ピアノに疎いと印象に残らないし、深く探ることもしないしね。

自分の好きな分野の話題が出てくる小説があれば、記憶に残っているのと同じだよね。

内容は最初はレクター博士のことで持ちきりだけど、後半はそれ以外の小説で、ピアノに濃い小説(もしくは有名な映画の原作小説)が次々登場します。

映画とかでも今まで見た中にもピアノの話が出てくるものを知っていますが、この本には出てきていないのでは、「グッドウイルハンティング」が記憶にあります。主人公は子供の頃に父親から虐待を受けた天才的な数学の才能を持つ男子、そこでこれらの生涯の伴侶となり得る大学生の彼女に出会うことになるのですが、その時の彼女が自分の伴侶に出会ったと核心した時の会話にピアノの例えが出てきます。

最近になってYoutubeで見た「The Piano](邦題はピアノ・レッスン)は、劇中に主人公役の自ら吹き替えなしで演奏するマイケル・ナイマン作曲のピアノ曲(The Heart Asks Pleasure First)が有名。「グッドウイルハンティング」は子供が見ても良い映画だけど、「ピアノ・レッスン」は18禁シーンがあるので、子供に見せられないのが難点。大人になってから見てね。

The Heart Asks Pleasure First は世界中の沢山のアマチュアの間でカバーされているけど、はぐれコンサートピアニストのValentina Lisitsaは何故かマイケル・ナイマンの曲に惚れ込んでしまったようで、youtube を介して自身のカバーしたアルバムのプロモーションビデオをいくつも公開している。さすがにいつもながら心がこもった演奏には聴き惚れる。



若い頃は隔月で海外に仕事で出かけていたので、行き帰りの飛行機内で最新の映画を見る機会があったものの映画館に足を運んだのは数えるぐらい、どこかで見た記憶があるのは大抵飛行機で見たものだったような。

近年は映画も音楽にお金を惜しまないので、優れた作品が作られているよね。

本書では映画でのピアノ曲については触れられていないけど、個人的には下のyoutube動画を見て、その後で youtube で映画(実在する人物の実話をベースにした、Intouchable:邦題は最強の二人)そのもの見て二度感動した覚えがあります。



Ludovico Einaudi の作品はたくさんの人がカバーしているよね。その中でも上のLéiki Uëda というピアニストは初めて知る存在。名前がウムラウト記号を使って書かれているけど、生粋の日本人であることは確か。日本在住ではなく、ドイツかそのあたりで研鑽してそのままあちらに在住し、あちらでお嫁さんをもらったのかな。海外で研鑽する日本人ピアニストは年々増えているから、この水準の演奏をする人はざらに居るので注目を得るというのはむつかしいのかも。

もうひとつ youtube で今まで見たことがなかった気になるSF映画の名シーンだけ切り取って沢山アップロードしている人が居て、芋づる式に見て行ったら、どうせなら断片ばかりじゃなく本篇を見ないという罠にかかって、youtube でレンタル視聴して感動したもうひとつの映画、以下のピアノ演奏カバーも映画を見るきっかけでもあるけどね。



演奏している Kylelandry は youtube ピアニストとして有名。デジタルピアノでの演奏が秀逸、男性らしい力強い演奏も特徴。人気があるので、ニューヨークで生のグランドピアノ演奏によるコンサートを開いたりしているほど。


続いて読んだのが「音楽と文学の対位法」青柳いづみこ著



この本は、著者のライフワークでもあるドビッシー研究の過程で発見した19世紀に生きた同時代の著名な音楽家と著名な文学家が実はかなり相互に影響を及ぼしあっていたのではないかという仮説を題材としたもの。

さすがに19世紀のヨーロッパ大陸で生きた名だたる作曲家や文学家の名前は記憶になっても、普段どんな社交生活をしていたのかや、どんな人々と出会っていたり、見聞きしていたのかというのは本当に調べた人でないと書けない。

後で紹介する本もそうなのですが、著者の綿密な下調べは半端なものではなく、やはり論文を書いている人だけあって、自身の結論に導くために必要なものと、読む手(素人も含む)が退屈しないような興味深い短いエピソードとかも忘れずにプロットしている点。

微細に紹介はできないので、読書感だけにとどめまずが、一番興味深かったのは、第5章のラウェルとレーモン・ルーセルで、ラウェルがジジというゼンマイ仕掛け(clockworks)のおもちゃをコレクションしていて、その中の一つナイチンゲールという小鳥がお気に入りだったということ。それにすでにその時代に今でいうサイバーパンク小説の原点というべき作品が数多く書かれているのが紹介されていてびっくりした。

個人的には、EverQuest で Gnome の故郷を初めて訪れた時にたくさんのClockworks(人型や生き物を模倣したロボット)が当たり前のように生活しているのを見て衝撃を受けると同時に、初めてではない、どこか不思議な親近感を感じたのを忘れない。

たまたまyoutubeで昔のFM東京でやっていた「小室等の音楽夜話」で当時衝撃的に登場した森田童子がゲストの回の録音を聞いた時、小室等が新アルバムジャケットのイラストが人造人間風だという話をふったときに、森田童子が、機械とかロボットが人間のように歌ったり演奏したりする姿にずっと憧れていた、とかいうようなことを話していたのが強烈に記憶に残っている。



そんなこんなで、自分自身のルーツをこの本は見事にカミングアウトしたという点で他の内容はほとんど忘れてしまったけど、そこだけは鮮烈に記憶に残って今も、考え続けるべきテーマとなっていたりする。

この本の最後は著者が専門とするドビッシーの章で締めくくられているが、そこだけ読んでも面白くないので、最初から最後まで順番に読むことをお勧め。

さて次に紹介するのは「グレン・グールド未来のピアニスト」青柳いづみこ著



先のゴルドベルクつながりで選んだのですが、グレン・グールドは20世紀のカナダ人のピアニストで、バッファのゴルドベルク変奏曲で劇的なレコードデビューを果たしたことで記憶に新しい(といっても私が生まれた頃の話)。

20世紀の有名なピアニストは数多く紹介しきれないですが、その中でも忘れられてはいけないという一人に入っていると思います。

他の同時代のピアニストの中では異質なのは、早々に演奏家生活を引退してスタジオ録音での音楽活動に専念したという点。

未来のピアニストという副題は、そうしたライブでの演奏で最上を目指す従来型の典型的なピアニストと違って、満足いくテイクがとれるまで何度も弾き直し、結果が良ければ複数のテイクを編集でつなぎ合わせて完成させるというスタジオならではの音楽作りを取り入れていった新しいタイプの人を指しているのかもしれません。

それだけではなく、20世紀は音だけのラジオではなく、映像を伴ったテレビという放送媒体が主流になった時代でもあり、それに向けた独特の音楽レクチャー番組を企画製作したのも彼の新しいピアニスト像でした。



何度見ても話がむつかしくて何を言っているのか未だに理解できません、それに番組の途中で切れてるし(´Д`;)

下の番組ではもう少し素人向けに内容が構成されていてバッハが身近に感じられるかも。



依然として難しい解説の意味は不明ですが、この時はバッハの対位法(Counterpoint)に関して焦点をあてているのだけはわかります。

Youtubeを検索すると、彼が残した沢山の映像ソースを見ることができます。それまではピアニストというと、演奏会での姿以外はプライベートで秘密という印象が強いですが、彼は自身の日常の練習の様子や、散歩中の様子を映像に残しテレビで放映していたりします。子供の頃にすでにテープレコーダーで自分の演奏を録音して聞き直していたというのですから、その頃にすでに将来の芽はあったのでしょう。



このドキュメンタリーでは実際に彼の本番録音時の一部始終が記録されています。何得できる完璧な演奏ができるかどうか演奏後にすぐ再生して念入りにチェックしています。弾くだけでなく聞くために二倍の時間の集中力が必要ですね。

彼の演奏スタイルで有名なのは、ピアノを弾きながら同時に鼻歌(ハミングみたいな感じ)で演奏しているのとは別の声部のメロディーを歌っているという点です。レコードにもそれがマイクに載って録音されています。

本書を読むと、彼のハミングが強くなるのはピアノの響きが期待に反して弱いときだと書かれています。

革職人だった父親に作ってもらった折り畳み式のマイ椅子を演奏の時には常に携帯して持ち運び使用していたのも有名。椅子の高さもかなり低く、手がかろうじて鍵盤の上である以外は腕は鍵盤より下という異例な姿勢。それが彼の演奏スタイルや表現手段に強い個性を与えていたということも言えます。



このドキュメンタリーでは、本書にも出てくる、彼のマイ椅子に関して遺書に書いてくれれば、スタインウェイ社が永久保存して歴代の名ピアニストの愛用椅子と同様に展示するよという冗談のような本気の会話が最初に出てきます。最終的にはその話は冗談で終わり、彼の死後遺品のすべてはカナダ国立図書館に寄贈された。

そんなこんなで、かなりページ数がありますが、著者のグレン・グールド研究の成果を一挙公開という感じがします。それでいて長いとか退屈とかいう感じは一切なく、ページ毎に新しいことや知らないことが書かれているので大変読み応えがありました。

やはりというか文章だけでグレン・グールドの世界を語るのは限界があるのは確かですが、著者は十分それをやってのけていると思います。あとは実際に彼の音源や映像に接すればよいだけです。

次に読んだのが「ショパン・コンクール」青柳いづみこ著



以前に紹介した有名な「チャイコフスキー・コンクール」中村紘子著を彷彿させるようなテーマの本を手にとってみました。

日本人も毎年数多く参加して、入賞者も多く輩出しているもののまだ優勝者が居ないというポーランドはワルシャワで開催される国際ショパン・コンクールについて実際に公式記者として取材活動をした著者の視点によるコンクールの過去・現在・未来を述べたもの。

ショパン・コンクールは、過去にいろいろ有名な事件があったことでも知られています。

どうしてそんな事件が起きてしまうのかという疑問から本書は始まっていますが、取材や多方面からの調査を通じて見えてきたのが、ショパン・コンクールの目的と目標が内在する自己矛盾にあるというのが著者の洞察。

何をもってしてショパンらしい演奏と言えるのか、聴衆を魅了する演奏とは同意なのか?

ショパンらしい演奏といった時点でもすでに相反する2つの立場が存在します。譜面に忠実(新即物主義的)な派と、聴衆を最大限に納得させる独自の解釈や表現ありな派とに分かれてしまいます。

19世紀後半から20世紀初めごろには譜面に忠実な演奏が高く評価されましたが、現在のピアニストの演奏と聞き比べると、落ち着きがあるものの、個性を抑制しているようにも聞こえます。安心して聴けるというのが正直な感想。最近の人の演奏は聞くのが怖い気がします、もし途中で自分が気にいらなくと感じたらどうしようとか、聞く前から気になってしまいます。

ピアニストでもある著者の強みを活かして、さまざまな視点や人物に取材してひとつのショパン・コンクール論をまとめたという感じがします。

なかなか国際音楽コンクールの内情とか性質とかは参加しようとしない限りわからないかったり、参加してもなんだかわからない理由で振り回されることがあるのは想像できます。

採点システムとかも、以前問題があってその都度改善されていったフィギュアスケートの例にもあるように、開かれたコンクールという立場も明らかにする意味のある本だと思います。

過去にTV局が企画取材編集したショパン・コンクールのドキュメンタリー番組を youtube でいくつか見ることができます。



これは1985年にブーニンが優勝し、日本のミッチーこと小山実稚恵が入賞した年のドキュメント。小山実稚恵さんはホテルで居る時も集中力を絶やさないように詰め将棋の本を持参するというユニークさ(´∀` )



こちらはその5年後の1990年の1位無しの2位ケビン・ケナー、3位が日本の横山幸雄という時のもの。

今回はここまで。

まだ先月から読み始めたバッハのピアノ演奏法第二部があるんですが、まだ十分読み切っていない(内容が濃すぎて読み終えられるのか謎)の本もあって、それは一段落したら、読んだ意義も含めて紹介することにします。

んじゃまた。





webadm
投稿日時: 2017-9-20 3:33
Webmaster
登録日: 2004-11-7
居住地:
投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、早いものでピアノが家にやってきてから1年が経ちました。

前回は「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3に入ったところまで書いたよね。

ピアノと毎日向かい合う日々が一年に及ぶと、以前書いた通り、自分を映す鏡的な存在のピアノは、ますます自分の内面を鮮明に映しだすのでした。

ピアノが好きになると毎日もっとピアノを弾いていたいと思うのですが、そうすると朝の練習で出勤時間を逸してしまうことになります。

そこでピアノは自分の内面を映し出すと同時にこちらに語り掛けてきます。

ピアノ:「もう出かけないとよ」
自分:「ううん、このまま弾いていたい」
ピアノ:「だめ、職場で首になっちゃうでしょう、そしたら収入がなくなるよ」
自分:「そうだね、収入が無くなったらここに住んでいることもできなくなるね」
ピアノ:「だからもう練習は切り上げて、出かけないさい。毎日の練習は30分でいいから」
自分:「うん、そうする」

アルバイトの仕事を2つ掛け持ちしていて、そのひとつは宿題があります。クライアントからの相談に対して解決の提案を考える必要があります。それはとても面倒なので、現実逃避で帰宅するとピアノに向かって眠くなるまで練習してしまいます。ピアノはそうした自分の内面を映し出して訴えてきます。

ピアノ:「今日は宿題があったでしょう」
自分:「うん、知ってる」
ピアノ:「練習とかやってる状況でないでしょう」
自分:「だって宿題面倒だし、できればやりたくないし」
ピアノ:「自分で引き受けたんじゃないの?だったらそれ優先じゃない?」
自分:「うん、そうんだけど」
ピアノ:「練習時間は短くしてもいいから、宿題を優先して」
自分:「うん、そうする」
ピアノ:「短期間には上達しないけど、丁寧な演奏を短時間でも毎日積み重ねれば着実に上達するから」
自分:「うん、わかった」

ピアノに真摯に向かいあうと、人間としてどう正しく生きるべきかというのが映し出されてきます。不思議です。

そういう意味でピアノを練習すべき理由のひとつと言えます。

仕事を優先することで毎日の練習時間は増やすことはできないのですが、短い時間でも丁寧な演奏に心がけることで1年前と差がでてきました。

テンポはまだ遅いですが、ほとんど間違えずに通しで演奏ができるので、しばらくの間は録音していませんでした。ステップ2も時間のある土日とかは通しで弾いていますが、最近また録音して聞き直してみました。

1年前は、丁寧に弾いているつもりなのに録音を聞くとおよそ丁寧に弾いているとは聞こえないという問題がありましたが、一年後の今はまったくそれがありません。とても丁寧に弾いている感じがするのです。

1年かけてようやく、丁寧に弾いていると感じさせる演奏を手に入れることができました。

話は変わって、デジタルピアノではヘッドフォンで音を聞くのですが、1年前は、どうも自分で演奏している音に聞こえないという問題がありました。

でもそれもちょっとの工夫で、自分で弾いた音に聞こえるようになりました。

それはヘッドフォンを少し耳の中心から顔の前面に移動させることです。

それによって音が自分の前方から聞こえてくることになり、違和感がなくなります。

今まではヘッドホンで耳を完全に塞ぐ形だったので、音が自分の頭の中心で鳴っているように聞こえ、はなはだ違和感があったのでした。


ヘッドフォンでなくデジタルピアノ内蔵のスピーカーとかを鳴らせば前方から自然に聞こえるのですが、夜中はそれは無理。なので、ヘッドフォンをわずかに顔の前面に移動することで同じ目的を果たすことができるということに。

譜読みが終わった段階で最初から間違いなく弾けるようになったのは、譜読みをライマー=ギーセキング流に変えたのが効いた気がします。

丁寧に弾いているように聞こえるようになったのは、1年間の練習の蓄積によるとしか言いようがありません。

また毎日の練習の始めに以前に紹介した「Pianoprima Exercises」のLevel 0 と 1をやっていたのが効いたのかも。

以前に紹介した「ピアニストへの基礎」田村安佐子 著の言葉を再び引用します。

引用:
はじめは無益に思えるかもしれませんが、何ヶ月か練習を続けていると基礎が出来てきて、あとで非常に役に立ちます。


「Pianoprima Exercises」はLevel 0, 1が易しく弾けるようになったので、今はLevel 2も加えるようにしています。Level2ではちょうどバイエルでもちらほら出てきた半音階(chromatic)スケールが出てきます。半音階スケールは3本の指だけで弾くやつね。456を使って白鍵と黒鍵が作る谷間を這うように弾いていくものと、123を使って白鍵と黒鍵の作る裾野を素早く疾走しながら弾いていくものの2タイプがあります。前者は最初弾けそうもない気がして諦めかけたけど、ゆっくり間違えずに練習していたら目をつぶっても弾けるようになりました。指が太い人は黒鍵と黒鍵の間に指が挟まってしまわないようにポジションに工夫が必要かも。

さて、「大人のための独習バイエル(下)」ステップ3も仕上がりが近づいてきたので、感想を書いておきます。

74番 G-dur Moderato

通称「三連符」と呼ばれるぽい。3連符自身はそれ以前にも出てきているけどね。ずっと最初から最後まで左手か右手どちらかで続くというのは最初かも。

見開き2ページの譜面。長いようですが、テンポが速いので演奏時間は1分で今まで登場した曲の中では長い方ですが、最長ではありません。

下巻からは八分音符が導入されたので、四分音符だけの上巻と比べて音符数が格段に増えていますのであなどれないです。

典型的なホモフォニーな曲で易しそうに見えますが、7小節14小節の間はバスとメロディーの声部交換が頻繁に繰り返されるようになります。

なので常に頭の中で次の音型を記憶から呼び覚まして切り替えに備える必要があります。漫然と指の記憶だけで弾いていたのではそこで間違えてしまいます。それは大事故になります。

後半の16小節からは前半には出てこなかった同音連打が登場しこれも予め備えておかないと間違えてしまいます。

そして最後のガデンツはpでしかも3つの3和音で突然終わるので、それまでに予め十分ディミニエンドしておく必要があります。

とにかくこれからはピアノというのは漫然と体で覚える方法ではなく、頭で覚えて頭で弾くようにしないと、一生弾きとおせないということをこの段階で肝に銘じる必要があります。

和声進行は、イントロがG-C-G、以降はそれにG-F6-GもしくはG-Asus4-Gが加わります。バイエルはsuspensionを使うのが得意な模様。

Youtubeの模範演奏ビデオは何を紹介しようかと迷うところですが、やはしこれにしました。



出だしから三連符とdolce感が滑らかで羨ましい、これは名演が聴けるかと誰もが期待するところ、でも当人は本番に慣れていないのか、演奏開始を逸るところとか指が緊張しているのも観てとれます、やはり先に挙げた転換点で最初の事故が起き、その後も同様の事故が続き最後まで止まらずに弾けたのが不幸中の幸い。練習ではちゃんと弾けていたのかもしれませんが、たぶん練習でも同じミスが解決できずに本番に臨んだのかも。2曲目の難しい対位法の曲を大きな事故なく弾き通せるぐらいなので、かなり上手なんだと思います。三連符の滑らかさは他の同年代や大人の先生の演奏にもないこの子だけの魅力です。同じ74番でも再生回数が4桁と桁違いに多いのがうなづけます。

もうひとつ模範というかプロが弾いたらこうなる例で、初心者は安易に模倣しないようにという演奏は以前にも紹介した北米の大学模範演奏ビデオ。



三連符の滑らかさでは先の子に負けず劣らず、メロディーパートは声部交換しても明確に聞こえるようにバスパートは常に控えめにコントロールされている点に注目。当然ノーミスでプロならではの安易に真似のできないアゴーギクを駆使した演奏になっています。

75番 D-dur Moderato

通称 Ice Dancing と呼ばれているぽい(海外)。

これは少しゆっくりした対位法的な古典舞曲。

右手も左手もそれぞれ独立した旋律と音型をもっているので、右手も左手も互いに互角。どちらか控えめだと不自然に聞こえます。

和声進行は出だしの7小節まではDと単調、残りの繰り返しの2部はG-Dの繰り返しでメリハリがついて、ちょっと音型の違うコーダ付き。

演奏時間は45秒と短いですが、デュナミークと調号に気を付けて控えめに抑えるべきところは抑え、引き立てるところは引き立て、黒鍵を弾く部分は間違えて白鍵を弾かないようにしないとね。

和声進行は、前半が D-D7-D, 後半は D-G-D という感じ

バイエルはこの曲を連弾曲としては作曲していないのですが、Youtubeを見ると素敵な連弾曲演奏がいくつも投稿されています。



連弾アレンジの出典は、"Faber Piano Adventure"ピアノ教本シーリーズの中で3連符が登場するLevel3A Lesson Book p46だそうです。

Faber Piano Adventureシリーズは演奏教本、音楽理論、模範演奏CDと網羅された教材体系でカラー印刷で面白そう。買ってみようかな。

下はピアノの先生が先の教本の Ice Dancingのページを譜面台に開いた状態で模範演奏と演奏上の注意点を説いている動画。



連弾時の伴奏部分は右のページの下の方に記載されているぽい。
詳しく知るには買うしかないね。

76番 G-dur Allegro moderato

最初に譜読みしたときに驚いたのが、後半に良く知っているクリスマスの讃美歌、通称「きよしこのよる」のモティーフが出てくる点。

もともと讃美歌「きよしこのよる」の原曲(Stille Nacht, heilige Nacht!)はドイツで1818年に初演されているので、バイエルもこどの頃から良く知っているし、学生時代は合唱部にも属していたのでクリスマスの時期には歌っていたはず。

なのでこれはクリスマス用の曲なのかも。

この曲はバスパートの拍頭がほとんど休符だというのと、メロディーパートは微妙にシンコペーションしていて、オフビートで鳴らす部分が出てくる点が慣れるまで大変。

和声進行は、イントロがG-Gsus4-G, 後半はG-C-G, G-Gsus4-Gという感じ。

Youtubeでの模範演奏というか名演はこれしかないかも。




77番 C-dur Moderato

久々にハ長調の曲。

最初ホモフォニーな感じで始まるけど、実はホモフォニーと対位法の混成曲。

指のポジションコントロールをちゃんとしないと事故が多発。

ポジションは体で覚えるしかないね。目視確認しなくても間違わずに弾けるようになるのが理想。

和声進行は、最初と最後が C-G-C-F-C, 中間部がC-G-C。

国内では地方のコンクールの課題曲に選ばれたときもあるのね。



ステージで落ち着いてよく演奏できていると思います。

プロが演奏するともっと違う曲の様に聞こえてきます。



この演奏は多いに模倣したい(やれるもんなら)。

78番 G-dur Allegretto

これは安心なホモフォニーな曲と思いきや、中間部で初めて保持音(Orgelpunkt:オルゲルプンクト)が登場。

オルゲルプンクトはバロック時代のオルガン曲やフーガなどのコーダ部分とかで対位法的なバスパートとして定番のもの。やはり基本中の基本として登場。

今までアルベルティバスに慣れていたので逆にバス音を抑えたままで中間声部を同時に弾くというのは慣れないとむつかしい。

それ以外にも運指パターンが身につくまで苦労させられる部分もある。右手と左手ともに最後の2泊が休符になるところがあるので、右手と左手とでタイミングを合わせないと不自然になってしまいます。

模範演奏は、埼玉純真短期大学のこのビデオが参考になります。



この動画の解説では、中間部で二長調(D-dur)に転調していると書かれています。バイエルは特別調号を記載していないので気づかないですが、言われてみれば確かにそうだとわかります。中間部ではC#が表れないので、調号としてはG-durと一緒とということでバイエルは省略したのでしょう。

幼稚園の先生とかになるにはピアノ必修だし日本ではバイエルが必修。なので今も需要があるのね。

79番 A-dur Comodo

初めてのイ長調な古典舞曲形式の曲。

対位法的にバスとメロディーが小節毎に声部交換するのもバイエルが良く使う作法。

デュナミーク的にはpで始まり、フレーズのピークでフォルテ、最後はクレッシェンドで終わる今までにないパターン。

なので解釈によっては全然違った曲になる可能性あり。

模範演奏としてはこれだというのは無いけど、その中でも一番好きなものを挙げればこれになります。



投稿主は年齢とともに演奏者が成長していく様子を記録しているようです。どことなく幼少の頃からじゃじゃ馬的な個性的な演奏をしていた Yuja Wang とどことなく似ています。

80番 D-dur Allegretto

再び二長調の古典舞曲形式。第一部と第二部が繰り返しありなのも初登場。繰り返しを省略しないと演奏時間は56秒と長い部類に入ります。

この曲はメロディーパートの拍頭が八分休符で始まるり最初の音がオフビートという小節が多いのが難儀。バスは拍をきっちり刻んでいくので、タイミングを正確に保つのに慣れが必要。

中間部では前打音と手の交差が登場。

バイエルの初版本では前打音記号の意味として, vorschlag と appoggiatura と注記してこの曲での演奏の仕方が演奏譜と対比させて解説されている。

vorschlagはドイツ語でappoggiaturaはイタリア語の違いだけではなく、後者は声楽由来の用語で今日では長前打音もしくは倚音と意味的にも演奏法的にも異なる。日本では前打音でひとくくりだけど、訳書とかではそうした違いがあるので原語がそのまま使われていることが多い。外国語も良く知っておく必要がある。

第一部は二長調、中間の第二部がへ長調に転調し、第三部で第一部が再現。

和声進行は、第一部と第三部は D-Dsus4/Gsus2-D, 第二部が G-C-Gsus4-G。

バイエルはsuspensionを使うのが好きみたい。

模範的な演奏はいろいろありますが、逆に個性的な演奏というのが見当たらない。なので無難な埼玉純真短期大学のビデオを挙げます。



81番 A-dur Allegretto

アウフタクトの典型的な古典舞曲形式。

80番みたいなオフビートから始まるような音型はないものの、メロディーパートのフレーズの開始が必ずしも拍頭でないというのが難点。

それと跳躍を伴うパッセージがバスとメロディー共に現れるので注意。

まあ、アウフタクトなのでフレーズは最初から拍頭から始まっていないので当然なんだけど。

第一部と再現部(第三部)がイ長調、中間の第二部が二長調。

和声進行は、第一部と第三部がA-Asus4-A, 第二部が D-Gm-Dsus4-D-Dsus4-D、

個性的な模範演奏としてはやはりこれ。



同音連打部分がかなり特徴的に響きます。森に住むキツツキが木をつつく音なのかな。

82番 E-dur Allegretto

初めて登場するホ長調のアウフタクトで始まる古典舞曲形式。

一部と二部が繰り返しあり。中間の二部はイ長調に転調。再現部の第三部で再びホ長調に戻る。

調号に#が3つもついているので、白鍵と黒鍵を弾き間違えないようにする点が注意。

アウフタクトなのでメロディーパートのフレーズが必ずしも拍頭から始まらないのも注意。

最後の長いコーダを弾き切るには練習あるのみ。

コード進行は、E-Esus4-E, A-Asus4-A, E-Esus4-E。

個性的な模範演奏で初心者は真似しちゃいけない演奏はこちら。



アゴーギクを多用しているので初心者は真似しちゃだめだよ。それ以外の解釈に関しては参考になるところ多し。

83番 C-dur Allegretto

ハ長調の対位法的な器楽曲。

フレーズ開始音の指のポジショニングを間違えると大事故。

基本は両手でのスケールのチェイニングなので滑らかにつながるように弾くのがポイント。

最後に長いコーダ部分はスケールの並進行で始まって反進行で劇的に終わる。

コード進行はスケールなので単純に、C-G-C。

この曲の演奏のアップロードは意外にも少ない。模範的な演奏はこちら。



84番 C-dur Allegretto

ハ長調で8分の6拍子の器楽曲。

4声部のように見えるけど、右手は左手のオクターブ違いの同一音型のため、二声部のユニゾンである。

左手と右手で同じ音型が半小節シフトしているだけなので、片方だけ覚えれば両手覚えたのも同然。

前半と後半とでは三連符が上昇するか下降するかの違いだけで、コード進行は同じ。

なので前半を覚えれば、後半のポジショニングは前半と同じでよく、3連符を上昇から下降に変えるだけ。

ポジショニングを覚えて、あとは早いテンポで間違えずに弾くだけ。

最後のガデンツにフェルマータがついています。鍵盤から指を話さないで耳を澄ますと、低音の唸りのピークが遅れてやってくるのがわかると思います。バイエルはその低音の唸りの響きを意図的に利用するためにフェルマータ指示をつけているのね。

現代のピアノは平均律で調律されているので、唸りが生じない音程差はオクターブだけで、それ以外の音程差では必ず唸りが生じます。

短時間では気にならない程度に唸りの度合いは平均化されていますが、低音になるほど唸りの周波数が低くなるので、音を長く保つと唸りも地響きみたいな感じになります。

特に注意しないといけないのは、ペダルでダンパーを完全に外すと低音弦の唸りが最大化されるので、悪い響きの代表例になってしまいます。なのでハーフペダルというテクニックで弦の振幅の大きい低音弦側は少しダンパー制動が効く感じにするのが普通みたい。



Youtubeにはこの曲が多数アップロードされていますが、大抵はアマチュアの練習記録みたいなもので、この演奏のようにインテンポで曲想がきれいに出ているものは限られます。

85番 F-dur Allegretto

初登場のへ長調四分の二拍子の短い器楽曲。演奏時間は21秒。

典型的なホモフォニーな曲ですが、途中で左右の声部交換があり短い演奏時間ながら最初から最後まで集中力が必要な曲。

まあ声部交換は車の運転で、交差点をノンストップで左折したり右折したりするのと似ていて細心の注意が必要です。

この曲の第二小節の後半にバス側に5thを抜いた7thコードが出てきます。

ここがとても良い響きがするので好きな曲です。

後半にも他の調からの借用コードが出てきて、また違った緊張と解決が味わえます。

黒鍵を弾くのはB♭だけなので運指がややこしくないのが良いところ。

解釈によってはフレーズはかなり長くなるのでスピードの出しすぎに注意。

海外でいろんな曲の模範演奏をアップロードしている大人のピアノの先生と、この子の演奏に違いが見いだせなかったので、こちらを模範として挙げます。



個性的な演奏は唯一こちら。常にメロディーが右手から左手に移っても明瞭に聞こえる抜群のコントロールです。



P.S

バイエルの初版本を見たら、この曲の後半からはmarcatoの指示が書かれており、前半のdolceとは違ってlegartoよりも幾分 staccat 寄りに歯切れよく弾くのが作曲者の元来の意図ぽい。そういう意味では上の演奏はオリジナルの意図通りということに。「大人のための独習バイエル」の編者は、バイエル初版本ではなく後生の校訂版をベースにしたと思われる。

ステップ3の課題曲:F-dur Tempo di Valse 「すみれ」ストリーボックスより

これは「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3終了判定課題曲。

Youtubeで検索したら、この段階の生徒の発表会用の曲として国内では良く演奏されるみたいだね。

確かに使用するテクニックがバイエルのステップ3で出てくるのと一緒。

7thコードが出てくるのも一緒なので、響きを大切に。

へ長調で四分の三拍子のワルツ。

原曲はダカーポ付きの3部形式で、まったく異なる落ち着いたモティーフの第三部を経て第一部に戻って終わる長い演奏時間の曲ですが、「大人のための独習バイエル」の著者は第三部とダカーポを省いて短いながら不自然ではない曲に編曲しています。

コード進行は単純で、F-C-F, C-G-C, F-C7-F

編曲された「すみれ」の模範演奏はこちら。




ピアノ教師による原曲の模範演奏はこちら。



ストリーボックスは作曲者のペンネームのひとつで、原作者はそれ以外のペンネームを使って1000曲以上も作曲したらしい。チェルニーに匹敵する規模かも。バイエルと同時代にはすでにロマン派の黎明期で芸術的に高い短い演奏時間のエチュードを作曲するのが一大ブームで、リスト、ショパン、その他の作曲家が超絶技巧を駆使した難易度の高い曲を残していましたが、基礎段階の練習曲や発表曲は皆無でしたので、バイエルやブルクミュラー、ストリーボックスが脚光を浴びることに。それまで数多くの練習曲を必要に応じて出版してきたチェルニーもリストから献呈された最初の練習曲集(超絶技巧練習曲集)で触発されたのか、ショパンがリストに献呈したような難易度の高い練習曲を遅ればせながら残しています(所謂チェルニー50番練習曲集)。演奏会ではチェルニーのそうした超絶難易度の練習曲は演奏されないと思っていましたが、北米を演奏して回ったピアニストが居たそうです。

「すみれ」を検索したら違うのがひっかかった。



これはなんだとチェルニー50番で更に調べたら、コンサートで弾いて回ったピアニストが昔いたことが判明。



Irina Smorodinova は戦後になって遅ればせながら北米デビューしたピアニストで、それもそのはず、かの Emil Gilels の高弟の一人だから。 Emil Gilels の wikipedia のページにはピアノの前に座る Emil Gilels とそのピアノを取り囲む弟子達の写真の中に紅一点の彼女の姿が確認できます。

検索すると当時のコンサートレビュー記事とかが見つかり、どうやら批評家からは評価されなかったみたい。それもそのはず、コンサートプログラムのほとんどがチェルニー50番から25曲とか、聴衆がチェルニーのテンポの速い練習曲で疲れきった頃にやっと最後にラフマニノフの前奏曲 op.23 を演奏したとあります。北米での別のコンサートでは、チェルニー50番の残りの25曲と、最後にリストの編曲によるラベルのスペイン狂詩曲で締めくくったとあります。ソビエト時代にレコードも出していてやはり内容はチェルニー50番練習曲集でした。

チェルニーの50番が上手に弾けるなら、同時代の名曲や超絶難易度の曲はわけなく弾けるはずなのに、そうしてこなかったのでしょうか?チェルニーだけ練習していたのでしょうか。

チェルニー50番がらみで検索していたら、現代のピアニストがチェルニーの前で彼の練習曲を見事に弾き切ってみせたらどうなるかというのを、チェルニーに似た俳優さんを使って見事に演じ(演奏)したDVDを出している現代のピアニストがいました。



俳優さんチェルニーに良くにてますね。この生徒は只者ではないが、ほめていいのかちゃかしていいのか対応に悩んでいる様子が良く出ています。

チェルニーは生涯独身で、たくさんの飼い猫と一緒に暮らしていたみたい。

さて、仕上がりが一段落したらステップ4に進みたいところ。

んじゃまた。
webadm
投稿日時: 2017-12-2 13:07
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登録日: 2004-11-7
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投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、先月は急病で2週間入院してその間はピアノの練習はおろか病院のベッドに寝たきりで何もできませんでした。

最新医療技術の甲斐あって一週間後には熱も下がり患部の炎症も鎮火傾向になったので、食事を再開出来、それから一週間後には急性期の症状は治まって無事退院できました。

熱が下がっても点滴が外れるまではトイレに行くぐらいしか移動が出来なかったので、ピアノが恋しくてたまりませんでした。

仕事のことは考えないで、退院したらピアノの練習を再開することだけ夢見ていました。

退院後の検査で外来で通院した際に、一階の待合室フロアーの椅子に座っている時に、ふと側を見たらなんとカバーが掛けられて結界ロープが張られたグランドピアノが隣にあるのを発見。

なんだピアノがすぐ近くにあったのね(´∀` )

まあ弾かせてはもらえないだろうけどね。

時々はミニコンサートとかあるのかな、クリスマスとか。

というわけで、入院中もピアノと無縁では無かったということで一安心。

2週間も練習していなかったのでだいぶ忘れたかなと不安でした。

確かに練習を再開すると、だいぶ弾けなくなっていることを感じました。

でもすぐに感を取り戻して、入院前の状態に1日で戻りました。

さて、仕上げをしないと、まだインテンポでは満足に弾けないという課題が残っています。

原因を分析すると、

(1) 手のポジショニングが不正確
(2) 小節の最後の二分音符が四分音符+四分休符として弾いている
(2) 手と指のフォームが崩れている(黒鍵と白鍵を交互に弾く箇所)

(1)に関してはパソコンのキーボードのブラインドタッチの感覚で、ピアノの鍵盤をタッチしている器用さが敗因。パソコンのキーボードのキーはどんな方向からタッチしても他のキーは邪魔にならない構造をしているのでタッチできれば良く、音とか深さとか関係ありませんが、ピアノのキーボードは黒鍵と白鍵は高低差があり、鍵盤の方向と平行な方向からタッチしないと黒鍵が邪魔になったり、他のキーに触れてしまったり、目的のキーが十分押せないということになります。

なので、すべて鍵盤の位置で、弾く指が鍵盤と平行の向きになるように手のポジションを適切に補正するように徹底的に練習するしかありません。

斜め方向から鍵盤をタッチするのはご法度です。手抜きせずに、背中から肩、腕、肘、手首を柔軟にコントロールして指先がいつも弾く鍵盤と平行になるようにします。

そうすると早いテンポでもミスなく弾けるようになっていくのを実感しました。

(2)に関しては演奏しているときには自分で薄々気づいてはいるものの、過ぎ去ってしまうとそうしていたことを忘れてしまいます。録音してチェックすると、4拍子の曲で特定の小節の最後の二分音符が2泊鳴らすところが一拍で指が離れてしまっているのが判明します。これは、部分練習で、次の小節の強迫まで前の音の鍵盤から指を離さないように練習します。一拍以上の長い音符は楽譜に記載されているより短く切ってしまう傾向があるので、拍を感じながら弾くように心がける必要があります。

(3) は長年酷使してきた右手にだけ見られる症状。左手は問題なく、いったい君は本当は誰の手なの?本当の事を言いなさいと問いただしたいぐらい、右手と左手の性格がまるで違います。たぶんに右手はずっと緊張していて余分な筋肉が今も働いているためだと思われます。長い時間の練習は今も禁物です。

右手は基本の3和音だけ弾くときでも、手指のフォームがおかしくなります。第四指(薬指)が外側を向いてしまって小指と重なってしまいます。同じ傾向は右手が弾く音型で、最後に小指を弾くときに手指の形が醜いほど崩れてしまっているのをふと見たら気づいたという感じ。普段はブラインドタッチなので手元を見ていないのでまさかそんなことになっているとは気づきませんでした。

手指のフォームは幼い頃に導入時期から個人レッスンで先生に注意されながら無理なく矯正されない限りそれぞれ勝手な癖がついてしまうようです。個人レッスンでなく教師一人で生徒が同時期に複数習うグループレッスンだと、教師は個々人の癖までには気を配っていられないので、癖はそのまま冗長されてしまいます。

癖があるままピアニストになった人はいますが、その癖が演奏の制約になるような不得意な苦手な曲や作曲家を作り出してしまう原因にもなります。



まあ癖も自分と向き合うという意味で、長い付き合いになるのかも。

「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3にもう4か月もかけていますが、あと1か月で仕上がりそうな自信がついてきました。

もうステップ4に進んでもいいかなという気もありますが、子供の頃に珠算塾に通った時の苦い経験(3級、2級と実力が身につかないまま検定試験だけ受けて一度も受からなかった)もあって、やっぱり易しく弾けるようになるまでは辛抱することにしました。

「大人のための独習バイエル(下)」に入って一年になりますが、全部終わるのにはあと一年ぐらかかりそうな気がします、もっと早く終わるといいのですが。

どこかのピアノの先生のブログで読んだのですが、バイエルが終わるのに要する期間は人それぞれで、その先生は2年半かかったということなので、子供の頃とはいえ、大人でもそれぐらいかかっても不思議ではないという気がします。

ステップ3の次のステップ4からは十六分音符が出てきます。これでようやく器楽曲らしい曲が弾けるようになるわけです。ですが、一小節中の音符の数が最大で今までの倍になることを意味するので、ステップ3の段階でちゃんとインテンポで無理なく安定して弾けるようになっていないと挫折するかもしれません。

バロックや古典でよく知られた曲はどれも十六分音符が多く使われています。一部は三十二分音符も出てきますが(特にベートーベンとか)素早い指使いを披露することが器楽曲の演奏の見せ所だった時代を感じさせます。

大人から始めた場合には、素早い指さばきに困難が伴うかもしれませんが、その場合にはテンポを下げて音楽的に弾くことを心がけるというアプローチもあります。

名ピアニストでも年齢とともに衰えていくので、自ずと技巧的な演奏ではなく、音楽的な演奏中心に移っていくことになると思います。

ステップ3で気づいたのは、運指が面倒な理由は共通して、3度上昇の直後に4度降下や、4度上昇の直後に3度上昇とかのパターンにあるという点です。これを安定して弾くには、手のポジショニングが鍵盤の上に手がホバリングしたまま、指を屈曲させるだけで目的の鍵盤を押すことができるようになる必要があります。

導入初期から手のポジション移動が無かったことは、指を鍵盤の上に乗せたままで弾けばよかったのですが、白鍵と黒鍵の両方を弾くようになってかつポジション移動も頻繁に出てくると、手指は鍵盤のすぐ上にホバリングしているのが弾きやすさにつながってきます。

手を鍵盤の上にホバリングさせるのは、それを支える腕や肩、方を支える背中の筋肉の総力が必要です。かといって硬直してしまってはポジション移動ができなくなるので、力のかけ方に波を作る必要があります。よく名ピアニストが躍るように肩から腕、手先まで柔軟に動かし続けているのはそのためだったのね。

新しく読んだ本はまた別の機会に紹介しまちゅ。

んじゃまた。




webadm
投稿日時: 2018-1-12 2:12
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登録日: 2004-11-7
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投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、1か月のご無沙汰でちゅ。

あれからまだ「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3から進んでませんが(´Д`;)

やっとここんところ暗譜で少しテンポを緩めれば安定して弾きとおせるようになりました。

やさしめの曲はインテンポでも大丈夫になったけど、難しめのはインテンポだと次のフレーズが頭の中で用意ができなくて事故多発(´Д`;)

あれだよね、思うにピアノの演奏は日本の伝統芸の落語とか講談とかに通じるものがあるよね。

どちらも長い時間一人で延々と演じるのと、ひとつの演目の全体に渡る構成が肝だというところ。一本調子だと聞き手が途中で飽きてくるし、山場とかでは声を強めてひきつける必要があるし。

ステップ3ではもう曲を体だけで覚えるのは無理があるよね。デュナミークがあるだけではなく、声部交換やレガートとスタッカートのコントラストがあるし。

そんでもって課題曲の「すみれ」は、バイエルでは控えめ気味なレガートとスタッカートを4小節毎に交互組んで曲の端切れをよくするブリリアントな構成なので意外に難しいことが判明。

どうしてもレガートがスタッカート気味に、スタッカートはレガート気味になる傾向が、そしていつしか境目が無くなって全体が単調に(´Д`;)

こうしたエントロピー増大則に逆らうためには、意識的にレガートな部分はよりレガートになるように、スタッカートな部分はよりスタッカート気味に弾くように心がけないとだめなのよね。そうやって意識的にエネルギーをつぎ込めば維持できると。

それと集中力が必要だよね。集中力散漫だと、弾き始めてすぐに続かなくなってしまうのよね。

今弾いているフレーズの間に心の中では次のフレーズが湧き出て待っている感じぐらいにしないとインテンポで弾きとおすのは困難。

譜面を見て弾き始めた段階から、今弾いているフレーズの次のフレーズに目をやって備えるようにしないといつまでたってもインテンポでは弾けないよね。

そう考えながら「すみれ」はレガートとスタッカートを明瞭に区別するようにするとかなり聞ける曲だということがわかってきました。

頭でわかっても体がついてこないけどね( ´∀`)

さて、しばらく読んだ本の紹介をしていませんでしたが、その後読んでいた本を紹介。

以前に紹介したバッハの「正しいクラヴィーア奏法 第一部」の続編である「正しいクラヴィーア奏法 第二部」を読んでいました。



第一部は運指とか基本的な事柄だったのでなんとか読めましたが、第二部はかなり内容が高度で、著者が当時増えつつあったクラヴィーア教師を読者として想定して書いたものなので初心者が読むのには時期尚早ということがわかりました。

それでも内容的には興味深いものばかりで、まったく読んで理解できないというほどでもなく、著者の熱のこもった語りを直に聞いているような感覚を覚えます。それは訳がうまいという意味でもあります。

最初の方に著者の前書きというか解説がありますので、それもとても興味深い内容になっています。そこだけ読んでもためになります。

前半はバッハ独特の実践和声理論の解説に割かれています。読むとすぐわかるのですが、今日出版されている多くの和声理論の構成内容とはまるで異なりますが、良く読むと言っていることは一部共通のものがあります。

今日教えられている和声理論は、バッハとは対極的な立場にあったラモーが体系的に整理した仕事に基づいているのがわかります。

後者は基本3和音、4和音に基づいているものの、実際の曲では3和音が続けて弾くとか4和音を続けて弾くなんて曲は滅多にありません。なので何故そんなことを最初に学ぶのかと疑問になりますが、その方が楽曲の分析がし易いということがあると思います。いずれにせよ演奏の実践とは少し距離を置いています。

それに対してバッハの和声は演奏特に即興演奏に必要な実践的な和声の組み合わせを具体的に紐解いている点が今日の和声の教え方と根本的に違います。

それでもバッハがこの本の中で繰り返し口を酸っぱく言っているのが今日でも和声理論を学ぶと最初に目にする連続5度、連続オクターブの禁則です。

今日の和声理論の本では頭からこの禁則を原則として教え込まされますが、バッハの本を良く読むと、実はある条件付き(主声部とバスのインターバルが5度と8度の場合)にのみ適用される禁則で、内声との間のインターバルについてはこの限りではないということだったのでした。

確かに5度のインターバルは高い音域の方になるにつれ一発弾いただけで目が覚めるような感覚があります。実際に車用のクラクション(古くは2つのラッパや汽笛を同時に鳴らしていたもの)では5度のインターバルのものがあります。

車のクラクションは一回で目が覚めるぐらいですから、連続で何度も鳴らされたら殺意が沸いてきてもおかしくありません。

オクターブは、2つの弦から発せられる倍音がぴったり重なって強調されるのでかなり強いインパクトがあります。

内声とバスや、内声と主声部(メロディー)の間であれば、バスと主声部が5度もしくはオクターブでない限り許容できる響きに収まるということに。

元来バッハがこの本を書いた意図としては、増えつつあるインチキなクラヴィーア奏者によるインチキ伴奏の氾濫が目にあまるものがあったというのがあるようです。

バッハ伝来の和声とはまったく異なる3和音や4和音を中心とした伴奏(熊手を振り下ろすように手指で3和音や4和音を連続して弾く)者が後を絶たなかったようです。

そんな中に連続5度ないしオクターブの禁止則が必要になったわけでした。

左手で3和音や4和音を連続すると主声部とバスのインターバルが5度ないしオクターブの連続が発生する可能性が高くなるというわけでした。

当時から鍵盤楽器は他の独奏楽器や歌手の伴奏を行う機会が多く、そのために作曲者は特別にバス旋律と併せて弾く和声音を数字で添え書きした数字付きバスという記法を用いて伴奏者に提供するようになっていったようです。それが所謂通奏低音と呼ばれる演奏様式のようです。

日本では通奏低音という用語が独り歩きして違う意味を表す目的に使われてしまっていますが、元来は他の楽器や歌手の伴奏者としての鍵盤楽器演奏方法を表すものでした。

バッハの和声理論は伴奏だけでなく、即興演奏や多声部からなる合唱曲や独奏曲の作曲にも応用できるものだというのもすぐに読んで気づきます。

バイエルとかの曲でも重音の連続だけでもかなり良い響きを出しています。3和音から一音省略しても和音の機能は失われないからです。

3度や6度のインターバルの重音は連続して聴いても疲れることなく聞き続けることができると書いてある通り、バイエルやショパンの書いた曲には3度の連続、6度の連続からなる曲が必ずあります。作曲者が必ず手掛ける語法のひとつだということになります。

バッハが言うには、伴奏を行う者はそれ以前に長い間労して書かれた独奏曲(演奏会用の名曲)をたしなんでいる必要があるとあります。

つまり鍵盤楽器での伴奏を行うには、独奏者として一人前になってからということになります。

独奏だけで手いっぱいという状態ではまだまだ半人前で、他の独奏者と協奏もしくは伴奏をこなして一人前ということでしょうか。

後半は即興演奏ないし即興曲(ファンタジー)が議論の中心になります。

かつて即興演奏に長けた奏者はまた作曲でも秀でていたのを思い出します。

バッハしかり、モーツァルトしかり、ベートーベンしかり、ショパンしかり。

ショパンで思い出したのは、身内の間では百面相の名人でもあったようです、つまり瞬間芸の達人でもあったわけで、なるほど人の気を一瞬で引くようなアイデアが次々と沸いてくるのでしょうね。

確かに彼らの曲はめまぐるしく変化する百面相のような曲が多いです。

たぶんに小さい頃から遊び感覚でいろいろな音型を実験的に試してアイデアの下地にしてきたのでしょう。

学生の頃に遊びで弾いていた大講堂にあった壊れた古いアップライトピアノの話は以前したよね、あの時もいろいろ遊びで弾いて響きが記憶の奥底に残っていたのだと思います。今それを少しづつ思い出しています。

巷にあふれる和声理論の本に飽きたら、この本を手にしてみることをお勧めします。だいぶ世界が変わると思います。

んじゃまた。





webadm
投稿日時: 2018-1-28 20:48
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登録日: 2004-11-7
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投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、だいぶ寒い日が続くね。

まだ「すみれ」が仕上がらないのでステップ3にとどまっています。

バイエルの曲の演奏はだいぶ安定してきたものの、テンポは控えめにしないと次のフレーズを記憶から取り出すのに遅れて演奏が止まってしまうことも。

携帯音楽プレイヤーに録音した毎日の演奏をパソコンに取り込んでみたら、トータル演奏時間が56時間(3360分)近くになりました。多いのか少ないのかわかりません。通しでの演奏は一日朝と夜で1回きりなのでひと月で60回、一年で720回、一回の平均録音時間が5分という計算なので、昨年中は実際には録音していない期間があったので本当はもっと演奏時間は多かったはず。

場数を踏むという意味では総演奏時間というのは習熟のバロメーターになるかも。

ただ最近、昔の録音を聞いてみて驚愕の事実が判明。

・ステップ1の頃の演奏はびっくりするほど丁寧感があり、一音一音きれいに鳴っていた

わが身を振り返ってわが身を正す感じで、今一度丁寧に弾くように心がけたら今までは仕上がりがいまいち停滞していたのがかなり良い感じで仕上がってきました。

「すみれ」が完成したら次のステップだね。

バイエルは下巻のステップ3(中間点)までが一つの試金石だね。

ステップ3まで弾けるようになると自信になるし、これからいろいろな性格の曲を弾けると思えるようになります。まだ八分音符までしか出てこないので、一小節の音符の数が少ないので、いきなり本格的な曲に臨むのは禁物だけどね。どれだけ音符の数が多い曲を弾けるようになるかもひとつのバロメーターかも。

前回に引き続きその後読んでた本を紹介します。

「チェルニー ピアノ演奏の基礎」



この本はチェルニーが出版した百科事典的なピアノ教本の一部で、前半は主に楽譜に記譜されている事柄をどう解釈して演奏すべきかというピアノ演奏家にとっては常識と言える事柄をひとつひとつ取り上げて解説しています。

今日では楽典の本に当たり前に書いてある、強弱(デュナミーク)やテンポやアゴーギクについて丁寧に述べられています。

この内容は完全に大人の読者を対象としているので、当時もこうした常識的なことも教師が生徒に口移し的に咀嚼しやすい形で少しづつ与えられるものだったようです。なのでそれらが一冊の本になったものが無かったとも言えます。

今も小さい子から始めた場合には、楽典の知識や譜読みに必要な知識は吸収しやすいものから少しづつやって、良くできる子にはそれなりに特別なメニューを与えるという感じだと思います。

大人になってから先生につかづに独学でピアノを練習する場合には、楽典の知識はもちろん、このチェルニーの本は必読。楽典の本には作曲家がどういう意図で用いるかは書いてあるものの、演奏家はどう解釈すればいいかについては触れていません。

後半は公衆の前での演奏の心得についてチェルニーの体験やおそらくチェルニーの師であるベートーベンやその他チェルニーが師事した先生から伝えられたノウハウも含まれるでしょうが、それらが克明に記述されています。

チェルニーから正統な運指法を教わったリストも、すでに父親に連れられて公衆の前で神童として演奏を行ってきたと思いますが、チェルニーから教わったことも含まれていると思われます。

この本は基礎が終わってバイエル以外の曲に取り組む際にまた読み返す予定です。

んじゃまた。
webadm
投稿日時: 2018-5-4 17:28
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登録日: 2004-11-7
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投稿: 2932
Re: ピアノ教本
ふう、だいぶ更新に間が空いたけど、練習は続けています。

手術の全身麻酔の影響はピアノの練習にはまったく影響がありませんでした。

昨年入院した時と同じで、退院後の最初の練習で入院前の感を取り戻すことができました。

「大人のための独習バイエル(下)」のステップ3も課題曲のすみれも含めてだいぶ安定してきたので、ステップ4に進んでいます。

ステップ3ももう少し磨きをかけたいので、ステップ4の譜読みと片手練習と併せてステップ3の通しのメドレーを弾いています。

毎日弾く度に同じ曲だけど新鮮味があるのは不思議。

基本の「Pianoprima exercise」の方もレベル0から3まで易しくなってきたので、レベル4に臨むことにしました。

レベル4はそれまでのレベルの集大成でもあると同時に、それまで片手弾き中心だったのを、両手同時弾きというバリエーションになった感じ。それだけでとたんに弾けなくなる罠(´Д`;)

右手と左手の独立ができていないのよね。得に長いスケールの両手並進行とか指くぐりのタイミングが右手と左手とで違うのが一緒になっちゃって最後ポジションがずれてしまう罠(´Д`;)

あとつくづくこの段階に入ると、手指のフォームが安定していないと先に進めない(というか仕上がらない)のを痛感。

広い音域を弾く場合には、ポジション移動が不可欠なので、それを正確に行うには背中、腕による手首のポジショニングサポートが不可欠。

手のポジションは移動しても指による鍵盤のタッチはいつも同じじゃないといけない点。pのからFまでは指だけで弾けるようにならないとだめな感じ。どうしても手首を使ったり、腕のサポートで指を鍵盤に押し込む癖があると、速くかつ粒がそろった演奏の妨げになります。

手は鍵盤の上を速やかにホバリングしながら平行移動するヘリコプターみたいな想像するとよいかも。

指はそのヘリコプターからロープで降りてくるレンジャー隊員みたいな感じで、ヘリが安定していないとレンジャー隊員も安定して地上へ降りられないと(鍵盤を安定してヒットできない)。

指だけでデュナミークをコントロールするには、背中から肩、腕、手首の支え(サポート)が不可欠、そうしないと指で鍵盤を押し込むと反作用で指と手首を上に持ち上げようとする力が発生するので、それを抑え込む必要があります。

決して手首だけで支えようとしないことね、悪い癖になります。昔のテレビアニメで巨人の星というのがあって、主人公の星飛雄馬が大リーグボール2号のコントロールを手首と指だけで行う投法のため腱に負担がかかり最後は突然断裂するというエンディングだった記憶。腱鞘炎なんて生易しいレベルじゃないよね。

長くピアノを弾くには手首がかくかくとならないように、しっかり腕と肩と背中でサポートするのがよさげ。

ステップ3はもうかれこれ半年ぐらい弾いているかも、長く弾くと曲想に関する新しい感触が生まれてくるよね。

80番とかは右手が親と小さい子の会話みたいな感じがしてきた。親がその子供と初めて会話らしい会話ができるのはいつの段階だろうと想像してみたら、子供が最初に覚える、「パパ」や「ママ」に親が「なに?」、「どうしたの?」というのじゃないかなと。

それは親子の会話の最初の始まりだよね。バイエルも二人の息子が居たので、その息子との初めての会話の喜びを曲にしたのかも。

ドイツでは現代では「パパ」、「ママ」らしいけど、バイエルの頃は、「Vater]、[Mutter」だったと思われます。

装飾音がついた中間部の上声部のメロディーは子供が「Vater」、「Mutter」と言っているように聞こえてきます。またそういう雰囲気が出るように弾くべきだと思うようになりました。

あと関係ないけど、テンポをどれだけ早く弾けるか試してみたりしているけど、曲によっては上限があることが判明。

84番は、左手が先行して右手が追っかけるコラールだけど、右手と左手は1オクターブ違いだけど、後半の12小節目で左手が直前に右手が弾いたのと同じ鍵を弾くことになるので、アップライトピアノでは鍵が完全に戻った後でないと音が出ないので八分音符の音価は鍵が完全に復帰するまでの時間より短いテンポでは演奏が困難だということに。エスケープメントのあるグランドピアノならアップライトよりも早いテンポで弾けるかも。

さて、「大人のための独習バイエル(下)」のステップ4の譜読みをしてみて感じたのは

・ステップ3より曲の演奏時間は総じて短い(譜面が1ページ)
・ステップ3より曲数は少ない
・典型的な十六分音符の連符を伴う音型が出てくる
・典型的な付点音符のを伴う音型が出てくる
・右手より伴奏の左手が難しい曲がある

という点。

早々にこれは最初から両手弾きは無理だと感じたのは

・十六分音符の連符を伴う音型が、右手と左手で同じテンポで弾けない(右手に比べて今まで優秀だった左手が今度は速く弾けない)
・付点音符を伴う音型のリズムが最初読み取れないし、譜面通り弾けない
・左手の伴奏のコード進行が今までになく複雑で暗譜しないと弾けない

これ無理やり両手で練習し始めても、片手で満足に間違えずに弾けないのに、両手合わせるのは時間の無駄だと痛感。

ピアノの連弾でも二人がそれぞれちゃんと自分のパートを練習して合同練習に臨まないと練習にならないのと同じ。

ピアノの両手弾きは、右手と左手の連弾だと考えたほうがいいよね。

それぞれがちゃんと練習して間違えないようになっていないと合わせて練習しても練習にならない。どちらかが必ずへまをして演奏を台無しにするだけ。

さてステップ4で登場するバイエル曲の感想をば、

86番 C-dur Moderato

これは下巻のステップ1にも出てきた、この後の曲で使われる音符のオールキャストみたいな感じの曲。

ポジションが異様に右寄りなのは、元々バイエルはこの曲を4手連弾(同じピアノで二人で演奏する)曲として作曲してあるためで、Secondが中央を使う都合上、Primaは右端寄りの高い声部となるため。

音符は基本バイナリ方式(2のべき乗分の1単位)なんだけど、それだけでは記譜できない三連符(基本音符を3つの音符に3等分)とかがあるので、そのすべてを正確に弾く演奏能力を養う必要があります。

二分の1づつならわかりやすいけど、12小節目で三連符が出てくるとガタガタになるのよね(;´Д`)

つくづく拍感覚が重要だと思うよね。3連符も曲の4拍子の感覚を保つように3分割して弾けばいいだけなんだけど、自然にそれができるまではステップ4は卒業禁止ということに、いつまでかかるやら。

模範演奏としては、やはりオリジナルの4手連弾曲の演奏をひとつあげておきます。



左のSecondの腕毛がきもいですが(´Д`;)
右のPrimaの演奏もなかなかのもの、3連符のところもきれいに決まっていますね。

87番 C-dur Allegro moderato

これは典型的な十六分音符の連符を伴う音型の練習曲。右手と左手はオクターブ違いのユニゾンだけど、前の曲と同様に異様に右寄りの位置を弾くようになっていますが、これもバイエルが4手連弾曲として作曲してある都合のため。

4拍子なので拍に乗って軽快に弾く感じ。

無理にインテンポで弾くと十六分音符が均等にならない(転ぶとか滑るとか言う)で後続する長い音符を弾くことになるので、曲想が台無しに。

手が鍵盤から一定の高さを保ちかつ、指だけですべての音を指定されたデュナミークで鳴らすように心がける必要があります。

最初はゆっくりでも正確に丁寧にを心がけて毎日弾けばだんだんテンポを速くしても滑らなくなるよね。

模範演奏は先と同じyoutuberのものを、



88番 G-dur Moderato

十六分音符を伴う付点リズムの練習曲。

付点音符を伴うリズムは以前にもあったけど、十六分音符が入ってくると、以前にも書いたけど、一小節中の情報量が八分音符までの時と比べ最大で2倍にまで増えるので、一小節にこれまでの2小節分が凝縮されていると考えたほうがいいよね。

でもこの曲はまだ一小節を2分割してみることができるので、一小節の前半と後半の音型の違いを読み取ればたぶん易しいかも。

中間部で十六分音符だけのフレーズが出てくるので、これも試練かも。

指くぐりとかがスムーズにできないとミスるよね(´Д`;)

拍感覚を損なわずに正確に弾くのには練習あるのみかも。

後半はC-durに転調して最後にはG-durに戻ります。

左手の伴奏のコード進行は単純で、G C しか出てきません。

右手が大変だねこの曲は。

模範演奏としては、いつものアイオワ大学のビデオを



89番 C-dur Andante

アウフタクトで始まる、十六分音符と八分音符をそれぞれ伴う2つの付点リズムのある3拍子の舞曲。

ひとつの小節に2つの付点リズムが入っているのに注意。前半は十六分音符を伴い、後半は八分音符を伴うもの。音価は2倍違うので、小節全体では逆付点リズムということに。

アウフタクトなので、前の小節の最後の音がフレーズの始まりなので音価を正確に弾かないと曲想が変わってしまいます。

左手の伴奏のコード進行は比較的単純で、C G C G G7 C と7thコードが出てきます。

中間部でG-durに転調し、最後C-durに戻っておしまい。

上声部の歌うような旋律が印象的で好きな曲。

模範演奏は、定番のアイオワ大学のビデオから



90番 C-dur Allegretto

八分の六拍子だけど、典型的な二分の一拍子の行進曲(マーチ)だね。

上声部はピアノというよりも、金管楽器(トランペットかトロンボーン)の演奏を模したものと思われます。

中間部で声部交代でバスがメロディーを担いますが、これも低い音域の金管楽器(チューバとか)を模したものと思われます。

オペラや歌劇の曲を易しくピアノ用に編曲するのが得意だったバイエルだけあるよね。どこかWeberの歌劇曲を彷彿させます。

金管楽器の音を想像して弾くとよいかも。

手元のデジタルピアノにはストリングスの音源はあっても金管楽器の音源が無いのが残念。

模範演奏はやはりアイオワ大学のビデオより



91番 a-moll Allegretto

イ短調の器楽曲。典型的な十六分音符の四連符と八分音符の音型。この音型はバロックや古典の名曲に頻繁に出てくるから、必修ともいうべき音型。

小学校で歌った「黄金むし」を思い出すよね。あれも、同じ十六分音符の四連符で始まる二短調の曲だったね。

二拍子の拍感覚を大事にして練習するのがこつかも。

これも十六分音符の長いフレーズが出てくるので練習あるのみ。

左手の伴奏のコード進行は、Am Amsus4 中間部で並行調のC-durに転調して、C G C、最後に a-mollに戻って、コーダのところで、Am Bsus4 Am とAmsus4の代わりに借用コードBsus4が使われています。

模範演奏として、アイオワ大学のでもよかったのだけど、以前にも紹介したことのある、国籍不明サロン風のピアノ教室での若い生徒の模範演奏をば



92番 F-dur Comodo

へ長調の歌曲。

上声部は歌うように自然なフレージングと息遣いで丁寧に弾くとよいかも。

左手の伴奏のコード進行は F B♭ F C C7 F B♭ F という感じで7thコードが使われています。最後のコーダー部分では、F C7 F という感じ。

シの音が♭なので黒鍵を弾くのを間違えないように(´Д`;)

左手は四拍子を三連符で弾くことになるけど、ポジションは変化しないので、鍵盤からの高さを一定に保って指だけでデュナミークをコントロールする感じ。

以前に弾いたバイエルの別の曲の変奏曲だね。

模範演奏と挙げるとすると、この曲に関してはアップロードが何故か少なくて(陳腐な感じがして聞き映えが良くないためか)、アイオワ大学のビデオはバイエルの曲以外への差し替えの多いペーターズ版を使っているので違う曲だったりするし、結局、大人が弾いているのとまったく違わないこの子の演奏に決定。



93番 a-moll Moderato

八分の六拍子だけど、二分の一拍子な歌曲。

付点リズムはあるにはあるけど、装飾音ぽい十六分音符の使われ方をしている変則リズムな曲。

上声部のリズムも難しいけど、左手のバスも今までになく煩雑なコード進行で所見で間違えずに弾かなかった(´Д`;)

左手の和声進行は、Am E Am C G Am な感じ、最後のコーダの部分では、 Am Bm Am Esus4 Am という感じかな。

最後のコーダに長いフレームがあるけど、ここが一番難しいかも。

手ごわいけど、短調で曲想が印象的で聞き映えもあります。練習し甲斐があるね。

模範演奏は結構豊富です、アイオワ大学のはペーターズ版なので残念ながらロシアの民謡に差し替えられてしまっていますので、いくつか印象に残るものを紹介します。



大人女性が自宅の愛用ピアノ(かなり古そう)でしっとり演奏したビデオ。



男性が黒いピアノで演奏。どこのピアノメーカーかなと良くみたらRolandじゃないですか、やっぱりローランドは音がいい感じ(アンビニエンスエフェクターが効いているだけかも)。最近のカワイのデジタルピアノも鍵盤や音もいい感じらしいよね。

ピアノ独奏じゃない編曲ものけど、名演奏。



バイエルの原曲は演奏時間30秒足らずと短いけど、交響詩的な曲想を秘めているのを感じ取った作曲家が協奏曲に編曲したものを2台のエレクトーンとグランドピアノで演奏したもの。中間部に原曲を置いて、前奏と後奏が加わっています。なかなかの名曲。

他にも以前紹介した三枝成彰の「バイエルであそぼう」の中にも連弾編曲「おもいだしてごらん」があるのですが、こちらはアップロードがほとんどない、ひとつだけ発表会前の練習風景を途中から録画したのがあるだけ。本番の録画がアップロードされていないのは、本番でおおこけしちゃったのかな、残念。確かに音楽的に仕上げるのは難しいかも。セコンドの前奏はオリジナルの主題をオリジナルのテンポで更にハーモニーリッチにしたアレンジで始まり、中間にプリモがオリジナルの主題を半分のテンポ(オリジナルの一小節を二小節にした感じ)で奏で、後半は三枝氏オリジナルの第二主題が入って最後はバイエルの主題で終わる感じ。



こちらの編曲は曲想に含まれる悲しい要素を強調し葬送行進曲風にアレンジしたもの。遊びとは言え、才能の無駄遣い( ´∀`)

個人的には最初にこの曲の譜読みをした時に、昔プレイしたスクウェア・エニックスのFF Xのエンディングに歌入りで登場するこのエンディングテーマ曲を真っ先に思い出したのは内緒。



植松伸夫の数ある名曲のうちの一つだよね。作詞はFF Xの脚本を書いた野島一成、オーケストラ編曲は作曲家の浜口史郎。歌っているのはRIKKI(中野律紀)。

課題曲アラベスク a-moll Allegro scherzando

ブルクミュラーの25の練習曲の中でポピュラーなもの。

古典的な十六分音符の連符音型が印象的。その練習には好都合。

模範演奏としては以前にも紹介したチャネルから、



んじゃまた。
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